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お茶の故郷「瀬田」について

 夜桜のライトアップは見事です

瀬田妙見神宮

上井手の北岸。江戸期の木造男神座像(左上違鷹羽紋)[阿蘇系の勢力]。<BR>八代妙見神社を勧請。九州において最も内陸に位置する妙見社。<BR>妙見=北極星(海上の指針とされる→航海の神):水運勢力がここまで遡上したとの一説です。

春先の桜は写真愛好家の被写体として人気があり、見事に値します。

 今も恵をもたらす

上井手取り入れ口

白川北岸平地北半の約700町歩の水田を潤す用水路の堰。加藤清正が構想(秘伝の「銚子口」)、子忠広が元和4年(1618)着手、→寛永9年(1632)中断(引水まで開削)。細川忠利が寛永13年(1636)再開、光尚期に坪井川まで完工。
  完成まで多くの苦難の末、完工した上井手ですが当時の史跡も随所に残り現在も県民にとって重要な水路として活躍しております。

 石造りは一見の価値があります

下井手取り入れ口

川北岸南半を潤す用水路の堰。取入口井樋(屋根付)。<BR>奈良初期(和銅年間)肥後国司阿部乙名が開削。→埋没して遺跡化。→加藤清正が再活用のため天正17年(1579)改修着手、慶長3年(1598)竣工。<BR>→忠広が元和中に補修し成就。現在もおおくの水田をうるおしています。

 秋のころ子ども相撲でにぎあいをみせる

瀬田観音堂

古老の話によりますと、瀬田観音堂は江戸時代に疫病または大火があり多くの犠牲者が出た時代に建立さてたと伝わっております。また、合志三十三札所の十四番札所安養寺が正確な名称に思われます。<BR>村の中心に位置し、毎年九月の中下旬には、子どもたちによる奉納相撲が行われます。

 静かな森のなかに

白 川 発 電 所

北向谷下の白川南岸。㈱チッソ有。近代化遺産。大正3年(1914)。洋館風の赤煉瓦風建物。<BR>車も離合できない狭い道を行くと、山の中に忽然と現れる洋館は見方によりいろんな空想の世界へ引き込みます。<BR>ただし、立ち入り禁止です。

 阿蘇のいり口にある

阿蘇北向谷原始林

南外輪山が白川に出会う、北向の険しい斜面に、シイ・カシ・タブ・モッコクなどの常緑広葉樹林を主とする照葉樹林帯となっています。JRでの旅行は南阿蘇村の新しい発見があるとおもいます。国指定天然記念物。

 槍倒しの古道跡

清正公園

戦国武将・加藤清正が、一五八八年肥後入国の折に通った路のなごり。参勤交代に活躍した路でもあります。

現在は、公園となり桜並木がすばらしい、四季折々の顔みせ地元に親しまれ愛される公園です。また、道路の反対には中核工業団地があり、いろいろな工場が進出し大津町の産業の牽引役となっています。